狂ってる腐ってる終ワットルそれが今日の産経「主張」!

映画「靖国」上映中止問題について、産経は、昨日他紙が記事にしているにも関わらず紙面上に記事が見当たらないので、例の下劣なチラシを沖縄産経・世界日報へ折り込もうとしたときと同じようにスルーするのかなと思いきや、さすが男気あふれる産経新聞、今日の「主張」で触れてました。(たぶん単に渡海文部科学省大臣が苦言を呈したからだと思うけれど)

【主張】「靖国」上映中止 論議あるからこそ見たい
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/080402/tnr0804020305000-n1.htm

 靖国神社を題材にした中国人監督のドキュメンタリー映画靖国 YASUKUNI」が東京と大阪の映画館で上映中止になった。抗議電話などがあり、客やテナントに迷惑をかけられないという。残念だ。
 この映画は、靖国神社の参拝風景や神社に納める「靖国刀」をつくる刀匠の姿などを記録した作品である。文化庁が750万円の助成金を出していたため、自民党議連「伝統と創造の会」(会長・稲田朋美衆院議員)の要請で試写会が開かれた経緯がある。
 そこで、助成に必要な政治的中立性などをめぐって疑問点が指摘され、今月の封切り前から話題を呼んでいた。映画を見て、評価する人もいれば、批判する人もいるだろう。上映中止により、その機会が失われたことになる。
 実際に、公的機関などから上映中止の圧力がかかったり、目に見える形での妨害行為があったわけではない。映画館側にも事情があろうが、抗議電話くらいで上映を中止するというのは、あまりにも情けないではないか。
 上映中止をめぐり、配給・宣伝協力会社は「日本社会における言論の自由表現の自由への危機を感じる」とのコメントを発表し、映画演劇労働組合連合会も「表現の自由が踏みにじられた」などとする抗議声明を出した。憲法の理念をあえて持ち出すほどの問題だろうか。
 映画界には、自民党の議連が試写会を要求したことを問題視する声もある。日本映画監督協会崔洋一理事長)は「(議連の試写会要求は)上映活動を萎縮(いしゅく)させるとともに、表現者たる映画監督の自由な創作活動を精神的に圧迫している」との声明を発表した。
 しかし、「伝統と創造の会」が試写会を要求したのは、あくまで助成金の適否を検討するためで、税金の使い道を監視しなければならない国会議員として当然の行為である。同協会の批判は的外れといえる。
 試写会に参加した議連関係者によると、この映画の最後の部分で“旧日本軍の蛮行”として中国側が反日宣伝に使っている信憑(しんぴょう)性に乏しい写真などが使われ、政治的中立性が疑われるという。
 不確かな写真を使った記録映画に、国民の税金が使われているとすれば問題である。文化庁には、助成金支出の適否について再検証を求めたい。

タイトルと内容の乖離については爆笑するところですか?今日はもうエイプリルフールじゃないのだが。まあ「伝統と創造の会」というところの、名称と活動内容の乖離が著しいのと歩をあわせるようにして本日の「主張」のタイトルチョイスする産経の名犬ぶりには感動するが。

この見事なまでのジャイアニズムというか、おまえの手柄は俺のもの、俺のミスはおまえのものっぷりはどういえばいいのだろうか。悪いのは“抗議電話”でひるんだ上映館(でも火をつけたのは「伝統と創造の会」)、こっちはみたかったのになー(実際に事前試写という異例ともいえる申し入れを行ったのは「伝統と創造の会」)、でもワタクシドモ(産経+「伝統と創造の会」)は悪くないぜ?と平然と言ってのけるのは、もう産経クオリティとしかいいようがないかも。なにが「残念」だよ。ぬけぬけとよく言うわ。言ってるそばから口の端があがっているのが目に見えるようだ。

 試写会に参加した議連関係者によると、この映画の最後の部分で“旧日本軍の蛮行”として中国側が反日宣伝に使っている信憑(しんぴょう)性に乏しい写真などが使われ、政治的中立性が疑われるという。

また不確かな伝聞に基づく推測形式の「断定」か。産経の文脈でこのテの表現がでてきたら「ミスリードを誘う」文章だと思うことにしているが、こうなったら東中野センセイにご登場願って、写真の検証でもしてもらったらどうかね?学問研究には値しないそうだけれども、特定メディアで噴き上げる分にはかまわないだろうし、第一その特定メディアの言を借りれば「騙されるのは自己責任」だそうですし。

そもそも文化庁助成金をだしたのではなく、文化庁系の独立行政法人助成金を出資したわけで、またこの基金には国が100%出資しているわけではない。民間の出資も入っている。そしてその助成金支給する条件として「政治的に中立であること」なんてものはない。以下「助成対象活動の決定について」より審査方法等を抜粋。

2 映画の製作活動(劇映画・記録映画・アニメーション映画の各専門委員会)
(1)評価の要素
ア 活動の目的及び内容が優れていること
イ 活動内容が具体的であること
ウ 活動が社会的に開かれたものであること
エ 今後の発展性に期待が持てること
オ 予算積算等が適切であること
カ 活動内容が当該団体等の過去の実績等から推測して実現可能であること
キ 芸術団体の運営及び経理が適正であること
ク 助成の緊要度が高い活動であること

それにしても何度読んでもこの「言い逃れ」についてははらわたが煮えくる思いがする。

 実際に、公的機関などから上映中止の圧力がかかったり、目に見える形での妨害行為があったわけではない。映画館側にも事情があろうが、抗議電話くらいで上映を中止するというのは、あまりにも情けないではないか。

それこそ日本軍が沖縄民衆に対し「自決」を「強制」したのと同様に、国会議員が「反日的内容」だの(まったく関係ない)「助成金出資に問題がある」だの騒ぎ立て、右翼が映画館前におしかけるような態度を見せた上、抗議電話が(電凸しようと煽っている輩がネット上で見受けられるので下手すると業務妨害並みの本数がかけられた恐れがあると思われるのだが)よせられれば、上映を中止しようという動きがでてしまうのは火を見るより明らかである。そういう状況を「抗議電話くらい」と全てを映画館におっかぶせるこの厚顔無恥鉄面皮にはわかってはいても腹が立つ。

記事全体の印象としてとにかくミスリードしてなんとか「表現の自由」に関わる問題であることから目をそらせ大義を作り出そうと必死であることだけはよくわかるというものだ。こういう人たちが「人権擁護法案」反対などというから左派からは「あれ?人権擁護法案ってこんな表現の自由を平気で踏みにじるような人間から反対されているんだから、かえっていいものなんじゃない?」と思われてしまうのである。小泉政権が残した負の遺産は山のようにあるが、この稲田朋美に国会議員という地位を与え、国の金で養ってやっていることもかなりな「遺産」といえると思う。

とまれ今回暗躍された「伝統と創造の会」におかれましては、会の本質をなにひとつ伝えないアヤシゲな団体名よりも「デマと妄想の会」と実態とマッチしたお名前に変えたほうが会の活動を正しく伝えると思う。国会議員なら、自らの政治行動・活動には説明義務があると思うので、是非名称変更を提議したい。外国人記者がうっかり名称と肩書きに騙されて「これが日本の世論!!!」とか世界に打電されてもメーワクな話しだが、まあ春になると馬鹿が騒ぐっていうのはある意味日本の伝統といえなくもないので、困ったもんだ。