もはや朝日VS毎日の代理戦争であると

例のまだ尾をひいている朝日新聞素粒子死に神」問題だが、ここに来て毎日の報道姿勢が非常に興味深い。今度はこんなタイコモチ的な記事を「特集」としてUPしてきた。

特集ワイド:死刑執行13人 鳩山法相の死生観
http://mainichi.jp/photo/news/20080704mog00m010029000c.html

いやあこの媚びっぷり。どうですかね。(「官邸崩壊」の上杉隆を引っ張り出してくるあたりがなんともいえない)記者は女性のようだが


 物心ついたときは、祖父は総理大臣、父は大蔵官僚。音羽の邸宅には常に政治家、記者、秘書がうろうろしていた。「普通の人にとって公式な世界が、鳩山氏にとってはプライベート。だからオンオフ、裏表の感覚が育たなかった」というのが上杉氏の分析だ。他人が家で生活していても、どんな相手に出会っても、緊張することも怖がることもない。つまり王様だ。取材の際も、目の前でランニングシャツとパンツになって、スーツに着替えていた。

と書けばセクハラまがいと思える行動もなんとなく美点になるし、おまけに最後の〆が


 こうだと思ったら、政治的損得は考えず、突き進むタイプらしい。財界人が集まった後援会で「日本はマイナス成長すべきだ」と発言したこともあるという。

媚びぬ引かぬ退かぬ的な硬骨漢を匂わせれば、どこの後援会の案内チラシだよと思わんばかりだ。


 大臣自身は死刑執行前に心の整理をつけるため、東京・谷中の鳩山家の墓や、福岡にある母の父であるブリヂストン創業者石橋正二郎氏の墓にお参りするという。「極めて凶悪、社会を震かんさせた事件、あるいは遺族が極刑を望んでいる、手口が残忍など、私なりに記録を精査、再確認して、やらなきゃならないと思ってからお参りをする。おじいさん、お父さん、やらせていただきますよ、と」

特に死刑囚の菩提を弔ったりはしないようだけどね。以前あんとに庵さんのコメントでご尊父の知人である法務大臣は、執行の後人知れず供養を依頼していたりしたそうだが、そういうつもりはまったくないみたいだ。愛犬が死去後、「千の風になって」を飛行機の中で耳にしただけで、涙が止まらないような繊細な感性をお持ちにもかかわらず。王様だけあって選民意識も高いのだろう。閑話休題

これを読む限り、無邪気で単純で愛すべき鳩山大臣的なニュアンスをだそうとしているが(特に批判的なニュアンスは感じられない)だからこそ行間に漂う「恐るべき子供」というか「無頓着さ」に背筋がぞっとした。記事がそういう意図で書かれたものでないことが重々わかるため、よりいっそうその読後は妙にざらついている。

気になるのは、この朝日素粒子問題についてなぜかあまり産経が突っ込んだ報道はしてないことだ。もちろんあすの会が云々といったことは報道しているのだが、あの「主催者発表1万人」の頃の「熱気」を思えば隔世の感すらある。何処が熱心かといえば、これが不思議と毎日なのだ。いやもっとも現在朝日新聞(と読売等)VS毎日新聞の覇権争いがあることを考えれば、その一環としてむしろ当然過ぎるかもしれない。

新聞が読まれなくなっている、部数減であると言われて久しい。実のところ内情はかなり危機感を抱いているようで各社生き残りをかけて必死である。現在見えているのは、毎日VS朝日・讀売・日経で、それは新s(あらたにす)をみてもわかる。毎日は加わらなかったのではなく、加われなかった。毎日が潰しにかかられているのだろう。(そういう意味で毎日変態記事配信問題で讀売テレビ系列のミヤネ屋がデモの様子を肯定的に取り上げていたのは実に興味深い)毎日はいまのままでは一地方紙に落ちるだろう。また朝日・讀売・日経が生き残ったとしても、今度は朝日と日経の間で潰しあいとなり…。結局は讀売が生き残るんだろうな。それはさておき。

でまあそんなわけで、そりゃイチ地方紙に成り下がるか否かというところになれば、死に物狂いでどんなネタにも食らいつくのはアタリマエだ。おそらくいましばらくは毎日のこの件に関する追加報道も続くように思える。もはや元ネタ云々よりも、代理戦争と化しているのだから。

そこで我ら産経は、といえば太公望を決め込んでいるのかといえばそういうこともなく、単に相手にされてないだけだろう。産経なんてしょせん単なるアレな新聞ですからな。