中国と支那とニッポソ

イマサラなネタだが、昨日の産経新聞朝刊にこんなコラムが掲載されていた。

【私の正名論】評論家・呉智英 「支那」は世界の共通語

 必ずや名を正さんか。孔子の言(げん)だ。名は言葉。言葉が正しくないと社会も文化も混乱してしまう。迂遠(うえん)なようでもまず名(ことば)を正す(正名)のがすべての基本である。

 その孔子の故国に批判が噴出している。農薬まみれの野菜、毒入りギョーザ、少数民族抑圧、過剰な愛国主義…。批判も当然。私はこれに同調する。しかしまず名を正すべきだと思う。

 昨夏、中国食品という会社が倒産した。健全な経営の食品会社であったが、農薬汚染食品の輸入会社だと誤解されて製品が売れなくなったのだ。この会社は広島にある。社名が中国食品で何の不思議もない。中国放送中国新聞中国電力、中国ガス、中国銀行…これらは全部日本の中国にあって、支那にあるわけではない。知名度の高いこれら公共企業であれば特に誤解も起きないが、それ以外の、岡山や広島や山口など中国にある中国何々といった会社や団体がみんな迷惑している。中国は「中国」、支那は「支那」とすれば、こんな混乱は起きるはずはない。中国食品も倒産などせずにすんだのだ。

 この混乱の責任はどこにあるのか。第一に「中国」を日本に対してだけ強要する支那。第二に、この異常な主張に諾々(だくだく)として従い、言論機関にこれを強制した昭和二十一年当時の外務省。第三に、この言論抑圧に屈するのみならず、これをなにか「民主的な」改革だと正反対に勘違いしている自称良識人たち。この三つが連動して混乱をもたらしているのである。

 詳論(しょうろん)しよう。

 まず第一の点。「支那」禁止は理不尽な言いがかりである。「支那」という言葉は最初の統一王朝の「秦(しん)」に由来し、世界中でその近似音で支那を呼んでいる。支那人自身が支那を「支那」と呼んだ記録もあり、清朝の公的文書にも「支那」は出てくる。しかし、かつての朝貢(ちょうこう)国である日本には自分たちを世界の真ん中にある国「中国」と呼ばせたいのである。

 第二の点。「支那」が抹殺されたのは、戦後の混乱期である昭和二十一年六月の外務省次官・局長通達による。支那は形式上アメリカを中心とする連合国の一員であり、日本に対して戦勝国である。その力関係を背景に「中国」を強要してきた。外務省は従順にそれを受け入れ、各言論・報道機関に「支那」を禁止し「中国」を使うように通達を発した。その中にこんな文言がある。「今度(このたび)は理屈抜きにして先方の嫌がる文字を使はぬ様(やう)に」。占領下では、正当な理屈さえ禁じられていたのである。

 第三の点。明白な言論弾圧を、自称良識人たちは、侵略戦争への反省や民族差別解消の名目で歓迎した。二十世紀末まで支那を植民地支配していたイギリスでもポルトガルでも「チャイナ」「シーナ」と呼んでいることを知らないふりで。また「中国」が差別的な自国中心主義を意味することも知らないふりで。そもそも外務省通達の存在を、これは本当に知らないのである。

 私は四十年前の全共闘の学生だった頃(ころ)からこの不合理を批判し、支那は「支那」だと言い続けてきた。最近やっと「支那」解禁の動きが出てきた。六十二年前の言論抑圧通達は無効だと外務大臣に言わせる議員はいないのだろうか。(くれ・ともふさ)

http://sankei.jp.msn.com/world/china/080514/chn0805140310003-n1.htm

支那」という言葉に対してゴチエイがどう思っているかはよくわかった。だが現在、ネット上で「支那」と使っている人間の文章を見る限りでは、このような歴史を踏まえた上で言及した批評やまたはそのような批判というものを超えた単なるレイシズムの発露となっている場合が多い。だから私は「中共」とはいうが、「支那」とは言わない。レイシストと思われたくはないからだ。「支那」という言葉を用いた場合にレイシストと思われる可能性が高いのならば避けるべきであると考えているからだ。また「貴様」が元々尊称で使われていたということは知っているが、立場が上の人間に対してそう呼びかけないというのと同じ意味合いのようにも思う。

さてこのようなコラムを新聞一面で掲載している産経新聞社におかれましてはなぜ「ビルマ」を「ミャンマー」と呼ぶのか是非お聞きしたいわけです。「人権意識の高い」朝日新聞では「ミャンマービルマ)」と表記しているようですが、朝日新聞の「人権意識」について告発されている産経新聞サンは注釈ヌキの「ミャンマー」としか書いてないようですね。少数民族の立場をその独立の意思を大事に大切に思われている産経新聞サンには是非とも、「人権意識の高い」朝日を出し抜くためにも思い切って「ビルマミャンマー)」ぐらい書かれてみてはどうでしょうか。まあでもニッポソにある産経新聞の認識では「ミャンマーの軍事政権を支持して援助や側面的支援を行え」と思っているのかもしれないけれども。