光市事件実名本出版について(メモ書き)

↓この件ですな。

光母子殺人の元少年被告の実名本が書店に 発売見合わせの動きも
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/091007/trl0910071321008-n1.htm

実名本、差し止め申請 光市母子殺害の元少年
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20091006STXKC068206102009.html

光事件の出版差し止めで著者反論 「報道の自由侵害」
http://www.47news.jp/CN/200910/CN2009100601000922.html

本を読んでない現段階で、報道を見る限り、という前提をつけた上での取り急ぎメモ書きを。

個人的には、この著者の動き、正直いって「違和感」よりももう一歩進んで「うさん臭い」と思う。(ていうかそもそもあの本のタイトルが無理矢理実名を盛り込んだ継ぎ接ぎ感が漂っているのがどうもなあ。ある方から「僕パパ」を思い出すといわれて思わず膝うったよ。)

著者は「取材した際に許可を得ている」といってたけれども、人間なんてそのあとで意見が変わることがある。変わったのならば、後の意見を尊重するべきで、例えば最初に「君と結婚するよ」といったとしても後から「結婚は出来ない」といわれたのに「最初にいったから結婚しろ」とわめいてもしょうがないのと一緒。むしろ気になるのはなぜ取材時点の意思確認「だけ」をだすのか、ということ。本当ならば本が出来上がった時点で再度確認をとるべきだし、そのあたりが会見でもでてないようなのが気になる。とってないんじゃないの?もしかしたら。

もうひとつ。うさんくささを感じるのは「報道の自由への挑戦だ」と言い立てていること。ヘイトスピーチを指摘されたネトウヨかデマまがいの記事を指摘された週刊新潮みたいなことをいってるあたりに、そこでしか正当性を主張できないのか、という気がする。ほかにいうことはねえのかよ、と思いきや実名で報道することの意味をこんな風に語っているけど

 事件時に被告は18歳で、実名掲載は少年法違反の恐れがある。著者で大学職員の増田美智子さん(28)は「被告と25回の接見を重ね、人間として描きたいと考えた。匿名では人格の理解が妨げられ、モンスターのようなイメージが膨らむ」と説明、本人の了解も得たとしている。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/090927/crm0909271440010-n1.htm

だからってタイトルに織り込むと「人間として描ける」のかっていうと違うと思うぜやっぱり。当然のことながら個人の尊重と報道の自由の兼ね合いはかなり難しいとはいえ、どこまで自覚しているんだろうか。この著者に。イコンとして祭り上げるのだったら、モンスター化したイメージをせっせと垂れ流した報道とコインの裏表みたいに結局は同じなんじゃないかと思うけどね。

踏み込んだことを書くと、この著者は自らの主張における正当性の「担保」としてこの光市事件被告を利用したんじゃないかとすら思う。自分の主張を広めるために利用した、というか。その辺は現弁護団と被告の綱引きをしているような状態(お互い錦の御旗として担ぎだそうとしている)にある今枝弁護士もそうなんだけど。繰り返すがこのような「錦の御旗」として担がれる当の本人にしてみれば「もういい加減やめてくれ」といいたくなるんじゃないかな。死刑廃止を主張するためのツールとして使っているとしたら憤怒の対象なんだが、この辺は本を読んでないので過剰反応かもしれないけれども。

というわけで、たとえ本の内容が光市事件犯人に対して擁護というかきちんととらえているとしても、私は上記の理由でとても賛同とはいえない。本も買いたくない。立ち読みですませる。立ち読みして意見が変わるかもしれないけど、でも本のタイトルに実名を盛り込む必要は、どんな場合でも絶対にないと私は思う。

ちなみに今読んでいるのは「死刑でいいです」。これは母親を殺した少年が長じて大阪で姉妹を殺害した事件があったのだけれども、その「少年」を丹念に追ったルポルタージュである。すでに犯人は死刑になっている。本の中では実名も顔写真もでているが、それが単なる「興味本位」ではなく、記号化された「快楽殺人犯」*1ではない、血の通った生身の「一個人」へと「意味」を還元させるためには必要な措置だったと私は思う。果たして光市事件本の著者は、どうなんだろうか。

死刑でいいです --- 孤立が生んだ二つの殺人

死刑でいいです --- 孤立が生んだ二つの殺人

*1:当初そういう側面をやたら強調した報道があったと記憶している。例としてwikipediaをあげるのは不適切だと思うけど、こんな記述になってるし。これもある意味報道の影響なんじゃないか。