チベット問題を政治利用しているのは誰か。

今回のラサ騒乱の報道をおっていくと、中国に対するどうしようもない憤りとともに、なんともやるせない気持ちになる。特に右派ブロガーのサイトを巡っていくたびにその感情は強くなっていく。産経抄もこんなことhttp://sankei.jp.msn.com/world/china/080321/chn0803210403001-n1.htmを言ってるしな。

産経抄】3月21日

 6割の高校生が宮崎県の位置を間違えた、との日本地理学会の調査には考えさせられた。テレビで東国原英夫知事の顔になじみがあっても、そこから、宮崎県がどんなところか、といった興味に結びつかない。関心があるのは、自分の周辺のことだけ。

 ▼そんな現代の若者の姿が浮かび上がってくる。遠いイラクの正答率が、高校生で25・6%、大学生でも50・2%にすぎないこともうなずける。チベットが調査対象に入っていたら、もっと低い数字が出ていただろう。

 ▼その中国チベット自治区で起きた騒乱は、甘粛、青海、四川など各省にも広がっている。外国メディアの立ち入りが一切認められず、実態が伝わってこないのがもどかしい。対話を呼びかける、チベット仏教最高指導者のダライ・ラマ14世に対する、中国側の敵意の激しさにも驚く。

 ▼「生きるか死ぬかの血みどろの戦い」を続けるそうだ。1959年の「チベット動乱」以来、中国当局の弾圧による犠牲者の数は120万人を超えるといわれる。その歴史をふまえれば、「平和と友好」という五輪の理念がなんとむなしく聞こえることか。

 ▼それなのに、国際オリンピック委員会は、北京五輪聖火リレーを予定通りチベットを通過させるつもりだ。来月には長野市でリレーが開催される。その記者会見が、なごやかな雰囲気で行われたことを、19日付運動面の記事が伝えていた。別のページでは、ドイツ選手の間で、不参加の声さえ出ていることを報じているのに。

 ▼福田首相チベットについての発言も、相変わらず人ごとのようだ。別に五輪のボイコットを呼びかけているわけではない。若者に限らず、日本人の多くが、海の向こうの悲劇に鈍感すぎないか、と思うだけだ。

「海の向こうの悲劇に鈍感すぎないか」などと常日頃、沖縄といった国内の人権問題を綺麗さっぱり無視するどころか非難している産経がナニを抜かすかお前が言うなという気になる。産経だけではない。そもそも普段は「ジンケン?お国のためだ我慢しろ馬鹿自己責任」ぐらいの批判を加えている右派ブロガー*1が、チベットの時だけ声が大きいのはどういうことなんだ?東トルキスタンでもダルフールでもガザ地区でもチェチェンでも世界にはどれだけ紛争騒乱民族弾圧があると思っているんだ。私は相対化して物事を矮小化したいがために、こんなことを書いているのではない。民族弾圧許すまじとの建前を元に、単に中共を攻撃したいだけなのではないのか?という疑念がどうしても拭い去ることができないのだ。その建前は強靭でゆるぎなく正当なものであるがゆえに、「利用」してはならないものだ。右派がサヨクを攻撃するときは、いつだって「隠れ蓑にしている」「耳に心地よいことを言いながら利用しているだけじゃないか」という論調だったのに、今はそれが逆に作用しているように、私には思える。

「なぜ世界には民族紛争弾圧があふれているのにあなたはチベットに肩入れするのか?」ある右派ブロガーのところでそういうコメントをしたところ、「ダルフールガザ地区も遠いがチベットは近いから」という意味不明のコメントが返ってきた。*2そうか。それなら水俣病患者のような現在「人権」が蹂躙され「切り捨てられている」人々は「チベット」よりも「近い」のだが、なぜ彼らを見ようとはしないのだろうか。チベット亡命政府の主張する「犠牲者120万人」は鵜呑みにするが、中国の発表する「30万人」は「主催者発表だ!」と文句をつける。そういうダブルスタンダードがどうにも私には納得できないだけなのだ。誤解して欲しくないのでもう一度書くが、チベット問題に言及するのならばすべての民族問題についても触れろだのそうでないのなら黙れということが言いたいのではない。チベット問題に言及しダライ・ラマ支持を主張するのならば、また、ピースウォークのためのサイトに向かって「なぜチベット虐殺を取り上げないのか?だからサヨクは駄目なんだ」といいたいのなら、少なくともチベットの人々やダライ・ラマ14世がなにを訴え、表明しているのかそれぐらいは知るべきではないのか。そしてそこから広げて世界にはどんな民族紛争、民族弾圧がおきているのか基礎教養として知っておくべきではないのか。でないのならば、9条ネットに向かって「なんでチベット弾圧を取り上げないのか!」と糾弾しても「じゃあ何でアンタはチェチェンについて何も言わなかったの?」と返されて終わるだけだ。偽善と断じつつオノレの中の「偽善」を見つめようとしない傲慢さに、私はただただ空しさを覚える。

右派でももちろんきちんと民族紛争民族弾圧に声を上げ続けている人を知っている。ここで問題にしたいのはそういう地道に活動・行動してきた人々ではなく、松浦芳子氏やチャンネル桜のようなこれ幸いとばかりに便乗しているとしか思えない人々である。(「チベットの独立と自由を支持する会」なんていつつくったんだ?)ダライ・ラマ14世チベット独立を訴えてなかろうが北京五輪ボイコットするなという声明を発表してようが、彼らは北京五輪中止を訴え「チベット独立」と声を上げる。*3なぜダライラマ14世が北京五輪中止を訴えないのか、チベットは独立すべきと表明しないのか、という考慮もせずただ自ら「ダライ・ラマはこういっているに違いない」という思い込みだけなのだろう。それでは「政治利用している」といわれても仕方ないのではないか。勝手な思い込みを押し付け中国共産党攻撃材料に用いようとする、その目論見が透けて見えるのがどうにも我慢しがたいのだ。

一日も早く、チベットに平穏が訪れることを祈っている。そしてその前にせめて第三者を通した情報が報道され、チベットの実情をきちんと知ることができればと思っている。それすらままならない状況ではなにをいうべきか、私には言葉が見つからない。ただチベットが中国の侵略から脱することを祈るのみだ。


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     http://d.hatena.ne.jp/Prodigal_Son/20080324/1206286861

*1:ヨウきなおメン氏や瀬戸ゼリーさんとか

*2:中共がやったことだからと返した人もいた

*3:例:ヨウきなおメン氏とか